広東省の港町の一つ
汕頭という土地にきた。汕頭と書いて”スワトウ”もしくは”シャントウ”と読む
この地は東シナ海に面した港町で、中国の経済特区にも選ばれているそうだ。だが同様に経済特区に選ばれている深圳や廈門(アモイ)とは違い、特区になった後には思うような発展ができなかった。理由としては古くから開けていたことで、逆に地域のしがらみに縛られてしまい時代の変化についていけなかった部分が大きいらしい(日本でもそういった事例はあるものだが)。
だがそのおかげか街の更新が起きず、古い街並みが残っているというのだ。この噂を頼りに、今回の旅の目的地の一つとして汕頭を訪れてみることにした。

古い街並みが残る汕頭老街
汕頭は1860年に開港した街で、日本でも開港地として有名な横浜や神戸のような洋風建築の街並みが広がっている。ゴシック式建築、バロック式建築等、西洋を思わせるかのような風景が中国で連なっているのはなんとも不思議な感じだ。その風景の広がる汕頭老街へとやってきた。
老街の入り口から早速出迎えてくれる歴史的な建造物。掲げられた汕頭の文字がこの先の旅の行方をワクワクとさせてくれる。街並みをぬって行き交う幾重ものバイクの姿は、どこか東南アジアの景色を思い起こさせるようでもある。実際に広東省はもう少し南西へ進めばベトナムがあるという土地だ。

老街へ入ってすぐ目に入ってくるのが「天后宮」。カラフルな色彩の装飾が目を見張る建造物である。

天后宮(もしくは天后廟)といえば、香港や台湾にあるものが有名だが、そのルーツは宗の時代(10世紀)の福建省だと言われる。福建省は広東省の東隣の省だ。天后宮に祀られるのは媽祖。媽祖は海の守り神として知られ、アジア大陸部はもとより日本では沖縄でも祀る廟がある。
ここ汕頭は世界中にいる華人のルーツ、客家の故郷と言われるが、客家が海を渡り世界へと広がっていく過程で天后宮も同じく各地に広がっていったようだ。
そして天后宮の至る所に配されているのがドラゴン。正に中華のパワーを感じられる装飾だ。たくさんの観光客が訪れ、建物と共に写真を撮っているというのも名所としての味わいを感じられる。かと思うと建物の中では熱心に祈りを捧げ、線香の煙がたなびいているというのも趣がある。


ここから故郷を離れ、世界へと出航していった旅人はいかほどいたのだろうか。その旅人の祈りは媽祖に通じたのだろうか。古の客家の方々へ思いを馳せながら、天后廟を後にする。
小公園と百貨大楼
汕頭老街の中心である「小公園」までやってきた。中央にはシンボル的な円形の建物が建ち、またしても観光客の記念写真スポットと化している。この公園は1934年に建設されたと言われ、真ん中の建物は「中山記念亭」という名が付いている。

そしてその奥にそびえるのが、汕頭で私がどうしても見たかった建物「百貨大楼」だ。このために日本から広州までの空路5時間、広州から汕頭までの陸路3時間をかけたと言ってもいいものである。

6階建ての建物は周辺で最も背が高く、最上階には鐘楼まで設置されていた。まさしく汕頭のランドマーク的建物と言えるだろう。「百貨大楼」は直訳すると、デパート大ビルヂングと言ったところか。この場所が汕頭の商売の中心地、”銀座”だったことが窺い知れる。


百貨大楼と中山記念亭が並ぶこの光景が見られたのが、なんとも嬉しいものだ。

だが現在ではこの百貨大楼の建物をはじめ、多くの建物が空き家となってしまっているのが残念だ。
とはいえ逆に考えれば、空き家ではあるが往時の姿を今に残してくれているのはありがたい限り。かつての汕頭の繁栄を目の当たりにすることができて、本当に来て良かったと思った。客家の方々の栄枯盛衰を感じられる場所が汕頭なのかもしれない。
そうは言いつつもよく見ると、百貨大楼をはじめ多くの建物がリノベーションされはじめている事に気付く。中国の国家プロジェクトで、汕頭の観光地化が進んできているとのことだ。空き家だらけのゴーストタウンにしておくのはもったいなく、街の遺産を活かし、レガシーに繋げていくのは良い動きと言えるかもしれない。鄙びた雰囲気ではなくなってしまっているのは少し惜しいが、更地にされるよりはマシだと思うしかない。


中国の世界との玄関口だった汕頭。この汕頭はこれからどんな歩みを進めていくのだろうか。期待していきたい。
アクセス情報
以下から地図情報を確認できます。
・天后廟
・小公園(中山記念亭)
・百貨大楼
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